日本英語学会 THE ENGLISH LINGUISTIC SOCIETY OF JAPAN


受賞者からのことば

 以下は、日本英語学会新人賞に応募され、佳作と研究奨励賞を受賞された3名の「受賞者からのことば」です。今後HPに公表される新たな体制のもとで、この欄に多くの受賞者からのこのようなことばが掲載できることを期待しています。

島 越郎 (第3回 佳作)

このたび、日本英語学会新人賞に投稿していた論文が佳作に選定され、平成17年11月12日に九州大学で開催された第23回日本英語学会の総会で表彰されました。この賞は、日本英語学会が、若手研究者の育成と研究活動の促進を目的とし、学会20周年を記念して2003年に設定した賞であり、今年度が3回目になります。過去2回において新人賞と佳作に選ばれた研究は無く、今年度初めて私の論文が佳作研究に選ばれました。(尚、新人賞は未だに出ておりません。)
 論文名はReducing Pseudogapping to VPellipsisで、英語の省略構文に関する研究です。
英語には色々な省略現象がありますが、今回取り組んだ現象は次のようなものです。
 (1) John will select me, and Mary will too.
 (2) John will select me, and Mary will you.
(1)ではMary will の後で動詞とその目的語select me が省略されているのに対し、(2)では動詞 select のみが省略されています。論文では、この二つの省略構文の類似点と相違点を様々な角度から考察し、それらを体系的に説明することを試みました。未解決な問 題も幾つか残りましたが、この試みが評価されたことを嬉しく思っております。
 今回の論文は、過去3年間にわたり私が人文学部で開講した英語学特殊講義が土台になっています。思いついた半熟のアイデアを授業で紹介するたびに、「先生の言うちょること、ようわからん。もっと分かりやすく説明して」という厳しいお叱りを学生諸君からもらい、自分の考えを練り直さなければならないことが何回もありました。当時は腹立たしく思いましたが、今となってはとても貴重なトレーニングをさせてもらったことに大変感謝しております。
 私は東北大学の出身でありますが、東北大学金属材料研究所の所長をつとめられた本多光太郎先生の言葉に「今を大切に」という言葉があります。恐らく本多 先生が教え子に贈った言葉ではないかと推測されます。私はこの言葉を学生時代に知りましたが、年齢を重ねるごとにこの言葉の重みを強く感じるようになってきました。大学が法人化され、研究を取り巻く環境が時間と研究費の両面で厳しくなりましたが、こういう時だからこそ、地に足をしっかりつけ、自分の出来る ことを一つずつ確実にやっていこうと考えております。

(YU-Information No. 78、p.49より許可を得て転載)

長野明子(第3回 佳作)

 このたびは拙論文 “The Status of Back-Formation and Morpheme-Basedness of English Morphology.”に対し、日本英語学会新人賞佳作をいただき、誠にありがとうございました。学部以来ご指導くださった津田塾大学英語学コースの先生方、レキシコン研究会の皆さま、新人賞選考委員の先生方、お名前は挙げられませんが、ご指導くださった先生方、貴重なコメントやご指摘を下さった方々に心よりお礼申し上げます。
 この論文のことを思うとき、まず心に浮かぶのは、元になった大学院の授業のタームペーパーを書いていた時に感じたわくわく感です。学部で島村礼子教授の「形態論特殊講義」の授業を受けて以来、形態論・語形成分野に強い興味を感じて英語学の世界に飛び込んだ私は、修士論文で転換 (Conversion)と呼ばれる現象をとりあげました。英語の転換では動詞を作るタイプが最も生産的ですから、興味は自然に動詞派生へとつながり、そこで出会ったのが逆形成(Back-formation)と呼ばれる現象でした。例を集め、OEDなどの辞書の意味記述を読んでいると、なぜか転換動詞の意味記述に似ています。もしかすると、逆形成は転換の一種として扱うことができるのではないか? その直感がこの論文の始まりでした。一旦そう仮説を立ててみると先行研究で言われていることが新たな意味を帯び、ストーリーを作っていく楽しさに夢中になってしまいました。
 勢いのままに書いたタームペーパーは、その後、指導教官の島村礼子教授、授業担当の池内正幸教授に読んでいただいたり、レキシコン研究会や東京言語学研究会の例会、日本言語学会の年次大会で発表させていただいたりして、次第に論文の体を成していきました。突拍子もないことを主張するとお叱りを受けるかもしれませんが、このようにして出来上がった論文が評価されましたことを、大変嬉しくまた光栄に思っております。英語学の世界は奥深く、研究の果てしなさに圧倒されますが、今回のことを励みに、地道に勉強をつづけていきたいと思います。今後ともご指導のほどどうぞよろしくお願い申し上げます

縄田裕幸(第6回 研究奨励賞)

 このたび, 拙論に対し2008年度日本英語学会研究奨励賞を頂き, 大変光栄に存じます。多くの助言や励ましをいただいた選考委員の先生がたには心より感謝申し上げます。
 今回受賞した論文は, 英語史における動詞第二位(V2)語順の消失を動詞屈折接辞の衰退によって説明することを試みたもので す。動詞屈折の豊かさと顕在的動詞移動の関係については, 従来V-to-I移動に関して多くの研究が行われ, 広範な言語において相関が認められることが知られています。翻ってV2移動については, そのような関係はこれまでほとんど指摘されてきませんでした。V2移動が基本的に主節に限られることや, 動詞屈折が衰退した現代英語でもある種の構文で残余的なV2語順が生じることなどが, 動詞屈折の豊かさとV2移動の関係を見えにくくしているものと思われます。しかし英語の史的事実を子細に観察すると, 両者の間にははっきりとした相関があることが分かります。私はこの論文で, 動詞が弁別的な複数一致形態素を保持している場合にV2移動が生じることを指摘し, その事実をRizziにより提案された細分化されたCP構造と分散形態論の理論的枠組みによって分析しました。
 V2移動が動詞の豊かな屈折に関係しているというこの論文のアイディアの萌芽を, 私は博士論文で扱いました。しかし当時の分析は, 私自身決して満足のいくものではありませんでした。以降, 断続的にこのテーマを扱ってきましたが, 現時点で最適と思われる分析を提示しておきたいと考え, この論文を執筆しました。受賞という形で認めていただいたことにより, 長年の宿題に答えを出すことができたような気がしています。また, 私はこれまでの研究で英語の通時的変化の分析によって共時的な言語理論の構築に貢献することを目指してきましたが, その点を評価していただいたことを大変うれしく思います。
 大学院の門をたたいて英語学の道を志した当時, 自分は果たして一人前の研究者になれるのだろうかと, 大きな不安を抱いていたことを思い出します。ましてや, このような賞をいただけるとは思いもしませんでした。恩師の中野弘三先生や故天野政千代先生をはじめ, これまで私を支えてくださった多くの方に感謝を捧げます。今回の受賞を励みとし, それに恥じぬような研鑽をこれからも積んでいく所存です。ありがとうございました。